2013.02.17

世界一速い慶大法の速報

昨日の慶大法の論述力試験。こんな設問でした。

次の文章は、日本における内閣制度発足当初の状況について論じたものである。当時の内閣制度が抱えていた問題点を三〇〇字程度にまとめ、これを踏まえて、現在の内閣総理大臣のリーダーシップのあり方について、あなたの考えを自由に論じなさい。

やっぱり単純な要約じゃあなくて、実質的には論点整理型ですね。課題文の内容は平易なので、「問題点」をまとめることは楽勝だったはず。

一方、論述部分が難しい。ただ、授業でも強調してきたように課題文を活かせば何とかなったと思います。キーワードは「調整と談合」「非常時」かな?これらの言葉と設問の「現在の」という言葉を関連させると、以下のような論述の構成要素が浮かび上がると思います。

①現在の日本・政治の状況は「調整と談合」で乗り切れるのか。または、どんな点で「非常時」といえるのか?

②そうした中で「強い総理大臣」「リーダーシップ」はどうあるべきか?それは、なぜか?(現状に対して、どんな点で有効か?)

③リーダーシップの課題となる「軋轢」「亀裂」にどう対処していくのか?

詳しくは駿台の解答速報をお待ちください!

2012.08.14

独立自尊とは?

慶大法の夏期講習の受講者の皆さんへのプレゼント(笑)
かつて直前講習で出題した問題の解答例です。1段落が課題文の要約なので、何が問われているかは、わかると思います。

著者は「国家を個人の内面的自由に媒介せしめたこと」が福沢の思想の意味だったと評価する。これを福沢における秩序と人間の関係として、「秩序を単に外的所与として受け取る人間から、秩序に能動的に参与する人間への転換」として著者は表現している。この「転換」を支えるのが「独立自尊」という理念である。しかし、福沢の時代の日本社会は、彼が「社会的病弊」を痛烈に指摘したように、日本の国民意識には「独立自尊」つまり「自主的人格の精神」が欠乏していた。そして、福沢の死後半世紀を経た著者の時代にも状況は変わらず、日本は国民の「全体的秩序への責任なき依存」によって悲惨な戦争の最中にあった。それは、福沢が楽観した秩序と人間との関係が実現しなかったからでもある。
の文章が書かれてから六十五年たったが、「独立自尊」をめぐる日本社会の状況は変わったのだろうか。残念ながらまったく変わっていない、それどころかさらに悪化していると私は考える。著者は福沢が痛烈に指摘した「社会的病弊」の例として、権力が閉鎖性を帯び、権力批判が隠性で傍観的あることをあげる。権力批判こそ大っぴらにできるようにはなったが、権力の閉鎖性は相変わらずで、最近の雇用危機への政府の対応も当事者の声を無視して遅々として進んでいない。また、国民の側もこれに対する不満や不平を抱くものの、それが権力のあり方を変えるような政治運動となっていない点で依然として傍観的である。また、誰もが政府に対して問題解決を求めるだけで、企業や個人でできることもあるのに、その動きは鈍い。それは、まさに「秩序に能動的に参与する人間への転換」ができていないからである。
 
こうした社会だからこそ、福沢のいう「独立自尊」の意義はいよいよ高まっていると思われる。確かに著者も「峻厳」と表現するように、一人ひとりが「独立自尊」を獲得する道は遠い。しかし、いくつかの芽があることも事実である。雇用危機に対しても、契約を打ち切られた人たちが労働組合をつくり、失業者の生活を支援するボランティアやNPOもいる。彼らは政府に命じられたのではなく自発的に活動している点で、まぎれもなく「秩序に能動的に参与する人間」である。百年に一度の経済危機という表現があるが、図らずもその危機は、百年以上かけても到達できなかった「独立自尊」に、私たちが近づく好機でもある。

 

 

【解説】

2012.02.16

日本一早いかも 慶大法の解答速報

今日もやっぱり忙しくて、予定より遅くなりました。
なかなか面白い問題でしたね。設問は以下のとおりです。

以下の文章は1994年に公刊された「国家の未来」と題する論稿で示されたいくつかの未来像のうち、二つを抜粋したものです。これを読み、「未来国家Ⅰ」と「未来国家Ⅱ」に共通する考え方を簡潔にまとめた上で、それに対する擁護と批判の両方を展開しなさい。

要約はよくあるパターンで、「共通する考え方」をまとめるという部分要約です。キーワードは「人間性の改造」です。二つの未来像が、どういう風に「人間性の改造」を企てるのかを説明するのが部分要約のポイントです。なお、設問をよく読まなかった人は、「未来国家Ⅰ」と「未来国家Ⅱ」の二項対立だと錯覚したかもしれませんね。
論述は擁護と批判の展開を求めているのですが、この「展開」というのがわかりづらかったと思います。擁護とは「人間性の改造」の意義を、批判とはその問題点をそれぞれ指摘することです。その上で、自己の見解を述べることが「展開」の意味だと思われます。ただ、設問の趣旨がわかりづらいので、多くは擁護と批判のそれぞれを述べて終えたのでは?
さて、この問題は、受験生にはわからないかもしれない「深~い問題」をはらんでいます。よく犯罪の原因について、個人か社会(環境)かという議論があります。「人間性の改造」という考え方は前者の立場です。しかし、ふたつの未来像のように人間を「改造」すれば犯罪はなくなるのでしょうか。日常の関係の中で良くも悪くもなるという真の人間性に気づけば、ふたつの未来社会の「改造」が実に皮相的であることがわかります。「改造」すべきは犯罪者自身ではなく、彼や彼女を生み出した貧しい人間関係つまり社会である…という話にまで「展開」できれば、すごく高い評価になったのでは?

詳しくは駿台の解答速報を待っててくださいね。

2011.05.18

慶大法の論文

夏期講習をどうするか?
慶應義塾大学を受験する人は、必ず「論文」をとってくださいね。薬学部を除いて全学部に論文試験があるからです。直前講習であわてて受講するのは、できれば避けたい…講師からすれば、かなりたいへんな「緊急手術」を施さなければならなくなるからです。
駿台では学部ごとに講習が設けられているので、自分の志望に沿って受講してください。ボクは法学部を担当しています。出題傾向の分析とそれに基づく対策はばっちりですから、慶大法を受験する人は受講してくださいね。
複数の学部を併願する人は、まずは行きたい学部の講座を受講することを勧めます。「そこで学びたい」という意欲こそが、受験勉強のエネルギーになるからです。
なお、よく受験生から、「レギュラー授業をとっているので、夏期講習は受けなくてかまわないか?」との質問があります。前者は「広く浅く」(論文という教科に慣れるとともに、複数の学部・出題への対応力を身につける)ですが、後者は「狭く深く」で趣旨が異なります。ボクが担当する講習では、夏期は各学部の既出問題を中心に傾向と対策に習熟することを目標にしています。受験予定なのに「既出問題をやったことも見たこともない」という人は、夏期講習を取ることを勧めます。
なお、夏期講習も3回のテストのうち2回は新作問題ですが、冬期、直前の講習は新作問題だけを扱った実戦力アップを目標としています。
「慶大対策論文<法学部>」は首都圏で以下の期間、時間、場所で行います。

○お茶の水校 7月20日(水)~7月23日(土)17:00~19:50

○横浜校 8月9日(火)~8月12日(金)17:00~19:50

2011.02.16

日本一早い慶大法の速報

まずはお疲れさまでした。駿台の正式な解答速報は2日後にアップされますが、論述力試験の問題を入手したので、簡単なコメントをしますね。日本一いや世界一、宇宙一(当たり前だけど・・・)早い解答速報です。
課題文は従来のように一本になり、設問は以下のとおりでした。

次の文章を読み、筆者の抵抗権についての捉え方を整理したうえで、実定法を超えた抵抗権について、具体例を交えて論じなさい。

課題文の要約は求めていませんが、「整理したうえで」との表現から、1段落目は筆者の捉え方についての説明にしなければなりません。課題文には「法実証主義」や「自然法」など受験生になじみのない言葉が並ぶので困惑したかもしれませんが、「捉え方」自体は明白で「超実定的抵抗権」と「合法的抵抗権」の二つをあげ、それぞれについての筆者の説明を適当に再現すれば問題ありません。設問をよく読まず全体を要約しようとすると大混乱しますが、この二つだけ説明すれば良いとわかれば超簡単だったと思います。

むしろタイヘンだったのは、その後の論述だったのでは?まず一般の受験生が犯しがちなミスは具体例をあげるだけで、「実定法を超えた抵抗権」について論じていないものです。論じるとは自己の判断と根拠を示すこと、つまり、いつも重要だとしつこく言ってきた論評を意味します。これも再三強調してきたように、具体例は目的ではなく手段です。適切な例をあげながら、、「実定法を超えた抵抗権」について論評できていれば、それだけで並(平均点=50点)以上は取れるでしょう。

論評のときに起点となるのが、課題文の最後の記述です。「実定法を超えた抵抗権」について筆者は二つの考えるべきこと(意義)をあげています。筆者のこうした積極的評価に対して賛成か反対かを考えれば、「論じる」ことができたでしょう。この点で、今回の出題も従来どおりの二項対立型といえます。このようにしてまずは立場を定め、その説明にふさわしい具体例をあげれば、具体例が目的ではなく手段になるはずです。

賛成の場合は、「実定法を超えた抵抗権」が行政の不正を明らかにしその不当な慣習を改めさせるような例をあげることになるでしょう。それはリークや内部告発です。これに気づいて、海上保安庁保安官による映像流出事件やウィキリークスをあげた受験生もいたと思います。そして、この点に、今回の出題の背景を見出すことができます。講習でも新しい話題だから出ないかもと言いつつ、リークについてはコメントをしましたよね。

一方、反対の場合は、「実定法を超えた抵抗権」の危うさを指摘することになるでしょう。それは、この抵抗権が各人の「良心」に委ねられている点にあります。一連のリークが情報テロでもあるのは、その「良心」の内容や質に問題があるからです。これについては「閉じた公共性」だとして映像流失事件の危うさを指摘したボクの論文の抜粋を掲載しました。あれをしっかり読んでくれていれば、けっこう良い答案になったと思うのですが・・・

他にも思うところは多々ありますが、詳しくは、あとで駿台の解答速報をご覧ください。

2011.02.11

日本社会の劣化と公共性

昨年はさまざまな問題で「リーク」が話題になりました。端的に言えば、公益性や公共性を認めることができれば、「リーク」に正義を認めることができます。問題は最近の「リーク」事件にはそれがなく、公開それ自体が目的化している点です。その背景にあるのが、日本社会の劣化なのです。
入試に出題するには新しすぎるテーマですが、ボクが書いた論文(奥津茂樹「自治体情報活用のメルクマール」月刊『ガバナンス』2010年12月号、ぎょうせい)を以下に抜き出して載せておきます。「リーク」に限らず日本社会の病理を考えるきっかけとして読んで、考えてくださいね。

映像流出事件を取り上げたのは、自治体の情報公開や個人情報保護保護に共通する日本社会の劣化を、そこに見出せるからである。第一に、行政組織の劣化である。
 
組織とは一定の共通目標の下に統合された集団だ。確かに組織を構成するのは個人だが、良くも悪くも個人の「一存」よりも共通目標の達成が優先される。世論の一部に今回の映像流出事件に反発する意見もあった。その多くは、こうした組織の原理や常識が覆されたことへの驚き、怒り、危惧であったと思われる。
 
情報公開や個人情報保護保護の分野でみられる行政組織の劣化とは、共通目標を無視・軽視して、職員が個人の「一存」で判断・行動することである。それを象徴するような事件は、今回の映像流出事件だけでなく相次いでいる。
  <中略>
 
しかし、劣化は行政組織だけの問題ではない。私たち市民もまた劣化しつつある。今回の映像流出事件に対する世論の反応をみると、その危惧を強くする。
 
新聞、テレビ、ネットにみられる市民の声は、映像を流出させた職員に対する称賛が圧倒的に多い。多くがドラマの意外な展開をおもしろがり、それに対して反射的に快哉の声を上げているようにみえる。領土問題や日中関係などの今後を見すえて、家庭や職場等で熟議した末の公論であるようにはみえない。
 
率直に言えば、物事を深く考えずに、単純に個人的な快・不快で物事を判断する。それが私たち市民の劣化である。歴史的であったはずの政権交代が、劣化の結果だったすれば皮肉である。今世紀に入ってからの歴代政権に対する支持率の乱高下は、私たち市民が深く考えなくなった結果だとすれば合点がいく。
 
市民の劣化をもたらした張本人はマスコミだとの指摘もある。確かに、マスコミは、熟議を欠く単なる感想を世論として絶対化してきた。世論の誤りや偏りを指摘する論調があっても、それは大きな声の前にかき消されてきた。読者、視聴者である市民は「お客さま」なのだから、それを正すことなどできない。
  
<中略>
 劣化とは判断や行動の目標が個人化し、他者との共有性を欠いた状態でもある。「閉じた公共性」といってもよい。行政組織だけではなく、市民を含めた自治体としての共有目標を確認し、それを維持強化していくことが劣化の克服になる。
  
<中略>
 
行政の複雑化がいっそう進み、私たち市民の関心や利害も多様化する中で、行政組織や市民を含む自治体の共通目標も揺らいでいる。ある意味では、バラバラで何でもありの状態が行政組織や市民の劣化を生み、情報公開条例や個人情報保護条例の停滞を招いているといえる。何のために行政情報や個人情報を利用するのか、職員も市民も常に自問し続け、必要な場合には他者に是非を問いかけなければならない。それが「開かれた公共性」をもたらす。

2011.02.08

少子化←晩婚化←○○○

なにげなく横浜市立大学医学部看護学科「過去の入試問題」をながめていたら、社会科学系の受験者も読んでおくべき問題を見つけました。そのなかの問題(Ⅱ)、少子化をテーマにした図表問題です。
図3の「性別未婚率」は授業でもたびたび取り上げてきたのでなじみがあると思います。少子化の最大の原因である「晩婚化」を示したものです。設問は図表を読みとり、500字で対策を述べるよう求めています。「晩婚化」に対する対症療法ではなく、「晩婚化」の原因を探り対策を講じる根治療法を示すことができればベストです。どこかの自治体のように、公費でお見合いをするなどという愚かな対症療法を書いたら笑えるけど、解答としてはアウトです。
解説門文には書いてないのですが、<少子化←晩婚化←○○○>のような流れで分析を深めることができているか否かをみる試験のような気もします。この○○○を探り、取り除くのが根治療法としての対策です。ボクだったら○○○として「出会えない・口説けない・金がない」ことをあげますが、これだけでは意味不明で受け狙いだと誤解されるので(実はそれぞれ深い意味があるのですが・・・)、「良い子」の皆さんは真似しないように。
ちなみに、この大学では解説文を公開していて、そこには小論文の出題意図・評価方法、評価のポイントが掲載されています。小論文の採点基準を知りたくて、このblogにたどり着いた人は必見ですよ。

宗教は人間を救えるか

パソコンのハードディスクに眠っていた。10年以上も前の解答例(800字)です(そのころは、いろいろな意味で、まだ若かったなあ)。中央大学総合政策学部の論文試験の問題だったと記憶していますが、なかなかユニークなテーマなので以下に掲載します。1段落を読めば筆者の主張はわかるので、その先は自分なりに考えてください。
ちなみに解答例は、ザルからこぼれた水を「救う」という視点で宗教の意義を認めています(宗教者には怒られてしまうかもしれませんが・・・)。ザルとは社会的制度であり、そこからこぼれれ落ちる水とは言うまでもなく人間です。
他方、社会はザルでいいのか?という疑問もあります。社会的包摂という概念や制度があります。それはザルの目をもう少し細かくして、社会的に排除される人たちを救い上げたいと考える立場です。

筆者の主張は次のとおりである。「魂を救済する」というのは宗教の一側面に過ぎず、実際に宗教はきわめて政治的な存在である。三大宗教はいずれも当時の貧困や矛盾に満ちた社会を変革すべく始められ、人々の心を救うのと同時に自らの理念によって理想の世界を実現すべく動いたのだ。当時の社会ではまぎれもない革命勢力であり、まさに政治的存在である。

 確かに宗教は依然として強力な政治的存在ではあるが、そのことは必ずしも人間を救うことにはつながらない。それは、宗教の他にも貧困や矛盾に満ちた社会を変革する道具が生れたからである。科学技術や民主主義・人権思想がそうである。たとえば、科学技術の活用によって、生産性や保健衛生が向上し貧困が改善された社会もある。また、民主主義・人権思想の浸透により、差別・抑圧の解消が進んだ社会もある。こうした歴史的経緯や現状をみると、宗教が人間を救ったとは言い難い。

 それでは、宗教は人間を救えないのかというとそういうわけでもない。貧困が改善され、差別・抑圧も少なくなった社会で、人々は人生や社会に対して依然として不安や疑問を抱えている。当たり前のことだが、科学技術や民主主義・人権思想は万能ではなく、それらだけで人間を救うことは困難である。とりわけ、生きる・死ぬという内面の問題に対しては、科学技術や民主主義・人権思想は微力であり、そこに宗教が人間を救える余地があるのだ。

 今後の課題は、宗教は政治的存在とは異なる方向性を持つことである。特に民主主義が発達した社会では、人々の要求は政治というチャンネルを利用して実現できる余地がある。宗教があえて政治的存在をめざす必要はない。一方で政治のチャンネルでは、どうしても少数者、弱者の意見が反映されないし、先に述べた人間の内面の問題も扱われない。そのように政治から排除されがちな人々や問題と向き合っていくことが大切なのではないだろうか。

2011.01.07

慶大法の直前講習

本番前の最後の模試。それが直前講習のテスト演習です。ボクは慶大法を担当しますが、今年も2題の新作問題を用意しました。いずれも出題傾向を踏まえた内容で、最後の力試しとしてきっと役に立つと思います。場所・日時は以下のとおりです。まだ申し込みをしていない人は、こちらをクリックしてください。なお、受講生で答案添削を希望する人は、必ず1日目に持参・提出してください。

☆お茶の水校 1月20・21日17:30-20:20 または 1月26・27日17:30-20:20

☆横浜校 1月22・23日9:40-12:30

2011.01.06

入試直前期の個別指導

私大・二次のための論文演習を申し込んだ人を対象に、2月の入試直前期に各校舎で個別指導を実施します。添削。返却された答案に関する質問だけでなく、医学部受験生で面接対策を希望する人には、模擬面接をサービスでつけてしまいます。ただでさえ「どきどき」「わくわく」する時期なので、栄養剤(?)がわりに単に話を聞きたいという人も、遠慮なくお越しください。ボクが対応するのは以下の時間・場所です。なお、変更の可能性もあるので、2月に入ってからブログの記事で最終確認してね。

☆2月8日(火)17:00-18:00 横浜校

☆2月9日(水)16:00-17:00 お茶の水8号館

☆2月11日(金)17:00-18:00 お茶の水2号館

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