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2011.02.08

宗教は人間を救えるか

パソコンのハードディスクに眠っていた。10年以上も前の解答例(800字)です(そのころは、いろいろな意味で、まだ若かったなあ)。中央大学総合政策学部の論文試験の問題だったと記憶していますが、なかなかユニークなテーマなので以下に掲載します。1段落を読めば筆者の主張はわかるので、その先は自分なりに考えてください。
ちなみに解答例は、ザルからこぼれた水を「救う」という視点で宗教の意義を認めています(宗教者には怒られてしまうかもしれませんが・・・)。ザルとは社会的制度であり、そこからこぼれれ落ちる水とは言うまでもなく人間です。
他方、社会はザルでいいのか?という疑問もあります。社会的包摂という概念や制度があります。それはザルの目をもう少し細かくして、社会的に排除される人たちを救い上げたいと考える立場です。

筆者の主張は次のとおりである。「魂を救済する」というのは宗教の一側面に過ぎず、実際に宗教はきわめて政治的な存在である。三大宗教はいずれも当時の貧困や矛盾に満ちた社会を変革すべく始められ、人々の心を救うのと同時に自らの理念によって理想の世界を実現すべく動いたのだ。当時の社会ではまぎれもない革命勢力であり、まさに政治的存在である。

 確かに宗教は依然として強力な政治的存在ではあるが、そのことは必ずしも人間を救うことにはつながらない。それは、宗教の他にも貧困や矛盾に満ちた社会を変革する道具が生れたからである。科学技術や民主主義・人権思想がそうである。たとえば、科学技術の活用によって、生産性や保健衛生が向上し貧困が改善された社会もある。また、民主主義・人権思想の浸透により、差別・抑圧の解消が進んだ社会もある。こうした歴史的経緯や現状をみると、宗教が人間を救ったとは言い難い。

 それでは、宗教は人間を救えないのかというとそういうわけでもない。貧困が改善され、差別・抑圧も少なくなった社会で、人々は人生や社会に対して依然として不安や疑問を抱えている。当たり前のことだが、科学技術や民主主義・人権思想は万能ではなく、それらだけで人間を救うことは困難である。とりわけ、生きる・死ぬという内面の問題に対しては、科学技術や民主主義・人権思想は微力であり、そこに宗教が人間を救える余地があるのだ。

 今後の課題は、宗教は政治的存在とは異なる方向性を持つことである。特に民主主義が発達した社会では、人々の要求は政治というチャンネルを利用して実現できる余地がある。宗教があえて政治的存在をめざす必要はない。一方で政治のチャンネルでは、どうしても少数者、弱者の意見が反映されないし、先に述べた人間の内面の問題も扱われない。そのように政治から排除されがちな人々や問題と向き合っていくことが大切なのではないだろうか。

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