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2009.06.25

<雑>韓国からのお客さま

 ボクが常務理事をつとめるNPO「情報公開クリアリングハウス」に、今日、韓国からのお客さまがいらっっしゃいました。一人は済州大学教授の河(ハ)弁護士、もう一人は韓国希望製作所の洪(ホン)さんです。二人は韓国NPOの情報公開センターの主要メンバーで、約8年ぶりの再会でした。なお、今回の来日をコーディネートした日本希望製作所の姜(カン)さんも同席しました。
 日本の情報公開の現状と課題についてヒアリングを受けるとともに、それぞれが描く情報公開や社会・国家の未来像について積極的な意見交換をしました。予定時間を超過するほど話は盛り上がったのですが、韓国の人たちと話していると、社会に対する熱い問題意識と行動力に圧倒されます。予備校講師という生業に加えて、複数のNPOの仕事にあえぎ、少しくたびれているボクは、彼らに「元気」をもらった気がします。
 日々の生活に追われるのではなく、世のため人のために「自分にもできること」「自分にしかできないこと」を、もっともっとたくさんやっていきたい・・・そんな「原点」に気づかされた一日でした。
 

2009.06.18

<医>コラム 衝撃のA案可決

 医系論文の授業の中でもたびたび取り上げてきた脳死・臓器移植法の改正案は、さきほど衆議院でA案が可決されました。A案というのは子どもの脳死を認めるだけでなく、脳死を一律に人の死とみなすものです。法案は参議院でも審議・議決するので、これで最終決定ではありませんが、脳死をめぐる原則は大きく転換する可能性が出てきました。
 タイトルに「衝撃」と記したのは、ボク自身は、まさか一気にA案までは行くまいと思っていたからです。ただ、総選挙を直前に控えた衆議院議員は、ポピュリズム(大衆迎合)の度を高めたのでしょうか、A案が多数を占める結果になりました。アメリカでの移植の高額化を報じた今朝の読売新聞の記事が、賛否を決めかねていた議員の背中を押したのかもしれません。
 今回の採決で各党は党議拘束をはずしました。それは議員一人ひとりの熟慮と、それぞれの死生観に基づく判断を求めるものです。しかし、よくわからないまま、単に反射的に賛成に投じた議員もいたはずです。
 賛成した議員は脳死についてどれだけ知っているのでしょうか?ボクがメディアの人間だったら、そこを確かめたいと思うのですが・・・。まさにメディアの腕の見せどころです。
 A案採決を懸念していた大学の先生たちの集まり「生命倫理会議」は、今夕にも記者会見するそうです。そのblogへのリンクを以下にはっておきます。今後、社会の中で脳死に関する議論がヒートアップするのは必死です。医療者をめざす皆さんはけっして「迎合」することなく、いろいろな人の話を聞きつつ、熟慮を重ねて自分自身の考えをしっかり持つようにしましょう。

 生命倫理会議のblog http://seimeirinrikaigi.blogspot.com/

2009.06.13

<社>コラム 賛否は問わない

 「個人論文指導」といって、授業の前後に一人ひとりの生徒の質問に答える時間があります。教室での表情や反応からはわからない生徒の声を聴くことができ、ボクにとっても貴重な時間です。他の生徒にも役立つ質問や話もあるので、個人が特定されないように編集加工して、ときどき内容を紹介しています。
 たとえば、先日、こんな質問がありました。

他の予備校で「ある事柄に対する賛否を問われたら、大学側の考え方に合わせなければならない」と指導されたのですが、本当ですか?

 「それは誤りですっ!!」と、ボクはきっばり答えました。かつて慶大総合政策の論文試験で、学校や社会における国旗・国家(日の丸・君が代)のあり方を問う出題がありました。大学側も受験生が賛否に迷うことを想定して、「なお、あなたの考えを論理的に書いていただければ、どのような立場でもけっこうです」と設問に明示しました。
 解答の賛否を問わない。それが論文試験の常識です。大切なことは賛否ではなく、その判断をいかに論理的に説明するかなのです。そもそも個別の問題ごとに「大学側の考え方」などあるはずもありません。
 他の予備校では例として裁判員制度をあげ、法学部を受けるなら賛成しなければならないと指導したそうですが、この制度に反対する法学者や弁護士もいるわけで「はあ?」って感じです。ちなみに旭川医科大学の集団面接(グループ討論)でも裁判員制度が出題されたとのこと。医学部の場合はどうするんですかね?
 他の予備校のことながら、そんな指導していて、講師はともかく生徒は大丈夫なのか?と心配になります。ゆえに笑えるようで笑えない話なのでした。
 

2009.06.08

<医>コラム 子どもの「長期脳死」

 現在、国会で脳死・臓器移植法の改正を審議しています。最大の焦点は子どもの脳死を認めるか否かです。そして、仮に子どもの脳死を認める場合、どのような方法が望ましいかも議論されています。論文試験や面接試験で必出のテーマなので、医学部を受験する人は今後の審議の成り行きに注目しましょう。
 そんな中で、あるTV番組で子どもの「長期脳死」を取り上げていました。医系論文の公開授業で話したように、大人の脳死と子どもの脳死は同じに扱えない理由の一つにあげられるのが、この「長期脳死」です。
 TV番組では出産直後に脳死になった赤ちゃんのことを取り上げていました。その子は1歳5ヶ月まで脳死状態のまま生き続けたそうです。出産時に3kgだった体重は10kgに増え、髪の毛も伸びて、歯まで生え始めていました。もちろん脳死状態ですから呼びかけに答えるわけでもありません。しかし、家族さんにとっては、脳死だからといってその子が死んでいるという感覚はありません。確かに生きていたのです。
 こうした「長期脳死」の子どもは約60人いるとも報道されています。家族にとっては、国会で審議中のA案(子どもを含めて脳死を一律に人の死と認める案)は、生きている我が子を有無を言わせず死者と決めつけるものであり、とても受け入れることはできないでしょう。これは、生死の判断というものが科学的であるだけではなく、社会的でもあることを物語っています。仮に子どもの脳死を認めるのならば、家族の同意は絶対に欠かせない条件です。
 しかし、家族が子どもの最善の利益を考え、それに基づき行動するとは限りません。子どもに対する虐待があった場合は、第三者的な機関が家族による代諾の代行をしなければならない場合もあるでしょう。そのような方法を提示したのがD案です。
 これがもっとも穏当な案とされていますが、気をつけなければならない点もあります。それは、家族の「みとり」を最大限に尊重して、子どもの脳死・臓器移植を迫らないことです。「長期脳死」で生き続ける子どもの親に、脳死・臓器移植の判断を求めること自体が、時にはきわめて残酷な行為であることに思いを馳せてください。 

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