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2007.11.11

議論のウソ

 先日、早稲田大学政経学部のAO入試がありました。これを受けた生徒さんから、小論文の問題を見せてもらいました。思わず絶句・・・
 課題文が小笠原喜康氏の『議論のウソ』(講談社現代新書)だったからです。昨年までは機会があるたびに、「おもしろいから読んでおきなさい」とボクが推奨していた本からの出題でした。ところが、今年はノーマークで受験生には特に勧めてはいませんでした。出題がわかっていれば(なわけないけど)、どこかの法科大学院の元教授のようにメールで指南をしてたのに・・・(意味わからない人は今朝の朝日新聞一面を読んでね)
 「どんな本を読んだらいいか」と質問する人も多いのですが、通常、ボクは「好きな本を読みなさい」とアドバイスします。問題を理解し、考えるためには、主体的な関心こそが必要です。誰かから与えられたものを消費するだけでは、考える「芽」が育たないと考えるからです。そんなボクですが、珍しくこの本だけは推奨していました。
 それは、この本が小論文の基本である「疑う」ことを大切にしていたからです。著者は少年犯罪の凶悪化、ゲーム脳、子どもの学力低下などの例をあげつつ、受験生だけでなく誰もが陥りがちな「常識」を疑います。そのうちの学力低下に関する記述の一部がAO入試では出題されました。設問は読解を含めて複数ありますが、最後の論述の主題は「メディアリテラシー」でした。さすが早稲田、なかなかの良問でした。
 ただ受験生には難しかったかも。多くの受験生は「ゆとり教育→学力低下」というメディアがたれ流す“イメージ”を信じて疑わないでしょう。出題者や著者からみれば、それこそ「メディアリテラシー」の欠落です。その受験生に「メディアリテラシー」を論じさせるとは意地が悪いともいえます。
 ここまで書いていて思い出しました。この本を推奨するどころか、駿台・社会科学系論文の昨年(2006年)前期・演習テストに出題してたんだ・・・的中!と言いたいところですが出題箇所は違ってた・・・。ただ、出題意図は次の記事で紹介するように「メディア・リテラシー」でした。あまりに“前向き”というか“前のめり”の毎日なので、忘れてた…「オレって、やるじゃん」、勘の良さと記憶の悪さについて、自分で自分をほめておこうかな。

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