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2007.10.13

少子高齢化と民主主義

 慶大法のFIT入試(AO入試)に見事合格した生徒さんに聞いたのですが、政治学科の模擬講義+論述試験の今年のテーマが「これ↑」だったそうです。そう言えば、昨年、駿台の社会科学系の演習テストで取り上げたっけ・・・
 資料はないので詳細は不明なのですが、一般的には以下のことがよく主張されます。
 「少子高齢化により、相対的に高齢者の発言力が強くなり、それが政治に反映されると世代間格差がより深刻になる・・・」
 すでに高齢化率は20%を突破し、高齢者は増え続けています。高齢化率は全人口に占める高齢者の割合なので、有権者に占める割合はさらに高くなります。いずれ有権者の過半数が高齢者になる時代が来るでしょう。そのとき上記のような懸念が現実になります。
 たとえば、現在の日本の年金制度は「賦課方式」といって、現役世代の年金保険料によって引退世代の年金を確保しています。保険料は「負担」で、年金が「給付」です。負担は軽く、給付が多いことが庶民の夢ですが、現実はそんなに甘くありません。
 高齢化が進んだ結果、従来までの「給付」水準を確保するには、さらに「負担」を重くしなければなりません。逆に現役世代「負担」を軽くするには、引退世代に「給付」の引き下げを受け容れてもらわなければなりません。この「給付」と「負担」のあり方を決めるとき、民主主義は有効なのでしょうか?
 前述のように単純に数だけをみれば、「勢力」拡大中の引退世代が多数を制して有利なように思えます。しかし、そのように短絡的な解答はダメです。
 仮に年金の「負担」と「給付」が選挙の争点になっても、全員が選挙に行くわけではなく、世代ごとの投票率のよって結果は左右されます(若い世代ほど棄権率が高いので、実際は見かけ以上に高齢者の意思は強大なのですが・・・)。また、次世代に過度の苦労をかけたくないと考える高齢者もいて、数が多いからといって多くの高齢者が望む結果になる保証はありません。
 そもそも民主主義は数の政治であるとともに、理の政治でもあります。少子高齢化という数だけを見れば結果は明らかですが、理によってそれが大きく変わる可能性があります。こうした理の政治に近づけるには、どうしたら良いのでしょうか?かつて一橋大学法学部の論文試験で、そんな出題がありました。
 一見すると新しいテーマですが、実は民主主義の原理を正しく理解しているか否かが問われた出題だったのかもしれません。 

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