« 体感不安の時代② | トップページ | 入試情報の公開 »

2007.08.19

体感不安の時代③

 体感不安の悪循環を断ち切るのは容易ではありません。しかし、方法がないわけでもありません。前回の文章の中にも、そのヒントを入れておきました。
 それは「不安と正しく向き合う」ということです。お釈迦様だって生老病死の苦しみや不安から逃れられなかったのですから、ボクたち凡人が不安を容易に解消できるはずはありません。不安の低減はできても解消などできない・・・と良い意味で開き直ることが、向き合うための第一歩です。
 たとえば、体感不安の一つである犯罪がそうです。確かに「犯罪のない明るい社会」をめざすべきですが、実現は容易ではありません。しかし、現代の日本のように、ゼロは無理でも世界的にみて犯罪の少ない社会をつくり維持することは可能です。そのためには「犯罪はなくならない」と放置するのではなく、それが起こるたびに心を痛め、みんなが再発防止や未然防止を考えていくことが必要です。
 そうした努力が報われないとしても、ムダと決めつけて簡単に諦めないこと。それが良い意味で開き直るということです。そして、それは犯罪だけでなく、戦争や災害などあらゆることに当てはまるとボクは思います。受験だって、そういう面がありますよね。
 ただ「不安と正しく向き合う」というのは心理的にしんどいです。気持ちが相当にタフじゃないと向き合えません。そこで「正しく」という言葉の意味が重要になってきます。これはひとりで向き合うことを意味するものではありません。不安が大きければ大きいほど、そんなことは無理なわけで、他者と力をあわせて社会的に向き合うしかなく、それが「正しく」の意味です。
 ところが、人間関係の希薄化が進み、ひとりで大きな不安と向き合わざるを得ない社会になってしまいました。それが、また体感不安を増大させてしまう悪循環を生み出しているのかもしれません。「不安と正しく向き合う」には現代の日本社会における関係性のあり方にメスを入れ、人間と人間の「つながり方」や相互支援のあり方を再考していかなければならないかも・・・というのが今回の結論です。
 ボクがボランティアや健康マージャン(飲まない・吸わない・賭けないマージャンで4人でゲームをする。今年から全国福祉まつり「ねんりんピック」の正式種目に昇格!!)にこだわるのも、そのためです。

« 体感不安の時代② | トップページ | 入試情報の公開 »

カテゴリー

2015年3月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31