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2007.07.04

とんでもアドバイス

 駿台では「個人論文指導」といって、授業終了後に生徒の質問に対応する時間があります。質問の内容は何でもありで、医系論文ではこの時間を利用して模擬面接やグループ討論をやることもあります(後期)。授業が一方通行になりがちなので、生徒の生の声が聞ける個人論文指導は、ボクにとってはとても大切な時間です。
 その中で、生徒が他の塾や予備校の指導方法についてたずねてくることもあります。それぞれのやり方は尊重したいのですが、ときどき「え゜っー…」と絶句し、腰を抜かすような「とんでも(ない)アドバイス」があるのも事実です。生徒がそれを信じ込んだらタイヘンなので、そんなときは、さすがに明確に否定します。
 たとえば、「答案の文字が濃くないと読んでもらえない」というヤツ。ボクも老眼が入ってきました。薄い文字は読みづらくて、メガネはずして読まなければならないので、ちょっと面倒だという気持ちは理解できます。でも、それだけで読んでもらえないということは「ない」でしょう。採点する大学の先生のグチならばわかりますが・・・
 その亜流で、「~だ」「~なのだ」などの文末は「偉そうなので、読んでもらえない」というのもあるようです。読んでもらえないというのは「門前払い」ということなので、受験生は大いにビビります。しかし、冷静に考えてみましょうね。「偉そう」かどうかの基準は何なのでしょうか?採点者の度量(?)によって左右されるような基準がそもそも成り立つのでしょうか?前述の薄い・濃いの基準も同様に主観的で、こんな採点基準の大学があったら社会的にも大きな問題になるでしょう。
 とんでもアドバイスは他にもたくさんあります。生徒から聞かされるたびに、「あんたら、しっかりしてよ」と生徒でなく同業者を叱責したくなります。え?最後の一文は文字が薄すぎ、ですか?

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