凶悪犯の弁護
それでは、問題です。
山口県光市母子殺害事件のことは知ってますよね。最高裁が無期懲役判決を破棄し、現在、広島高裁で差し戻し審理が行われています。この問題で世論の圧倒的多数は、被告人の死刑判決を望み、彼の弁護団にも批判的です。それがエスカレートして、「弁護士はみんな辞めてしまえ」などという極論も横行しています。
テレビに映る被害者の姿を見て、話を聞くたびに、彼の無念さと、それでもけなげに振舞うさまにボクも心を痛めます。被告人の行為は絶対に許されません。しかし、あえて受験生の皆さんに問いかけてみましょう。
○なぜ、弁護士たちは凶悪犯の弁護をするのか?
彼の死刑を望む世論に合わせるのでなく、あえてこうした問いかけをすることがオープンスペースを生み出すことになります。かなり難しいし、簡単には答えが出てこないと思いますが、しばらく考えてみてください。弁護団を理解不能な「エイリアン」として非難・排除するだけでは何も始まりません。自分にとってたとえ不快なものであっても、それとと向き合うタフさが必要です。それが小論文に必要な論理的思考力の「芽」となるからです。
ちょっとだけヒントをあげましょう。死刑を望む世論は犯行の瞬間と結果をみているのに対して、弁護士たちは犯行にいたるプロセス(彼の育ち)をみようとしているのかもしれません。
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