« コンプライアンス研修 | トップページ | 慶大法受験生は、がんばってね »

2006.02.15

なぜ「安全・安心」なのか

 予想問題として出題したかったのですが、適当な課題文がなかったために断念したテーマがあります。それが「安全・安心」です。これは現代の日本社会のキーワードの一つですが、この裏返しに人びとが抱く強い不安感があります。なぜ「安全・安心」を求めるのでしょうか、なぜ強い不安を抱くのでしょうか。出題されるかどうかは不明ですが、やはり頭をほぐすために考えてみましょう。
 「凶悪な事件が続発しているから・・・」などと安直に考えてはいけません。その背景には現代社会が抱える構造的矛盾があるからです。たとえば、ある論者は「外部化」の進行を背景にあげています。産業構造の変化が示すように、社会が成熟するとモノよりもサービスに経済活動の重点が置かれるようになってきます。言い換えるならば、これまで個人や家族が担ってきたことが外部化され、社会サービスとして定着・発展するのです。その結果、人びとは生きることの多くを社会サービスに委ね、自分が関与する余地が小さくなっていきます。自分ではどうにもならないのですから、不安や不満が大きくなるのは避けられえません。
 一方、サービスを提供する側は不安や不満をビジネスチャンスととらえ、それらを解消すべく新たなサービスを開発し、その売込みに必死になります。昨年、私が原稿を書いた雑誌『エコノミスト』のタイトルは「安全特需」だったのですが、特需を継続するには人びとの不安や不満をあおり続けなければなりません。この悪循環を抑止するのは容易ではありませんが、仮に「外部化」に背景があるならば、そのいくつかを個人に戻していくことが重要になるでしょう。つまり自己決定の余地を増やしていくのです。私が小論文対策について、型やネタに依存せず「自分の頭で考えること」をしつこく強調してきたのも、こうした眼差しがあるからです。
 

« コンプライアンス研修 | トップページ | 慶大法受験生は、がんばってね »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« コンプライアンス研修 | トップページ | 慶大法受験生は、がんばってね »

カテゴリー

2015年3月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31