最後のイエローカード
入試本番をむかえているので、とにかく受験生の皆さんを励ますことだけを考えていたのですが、論文対策が遅れている人たちの答案に致命的なリスクが散見されるので、この場を使って最後のイエローカード(注意喚起、色はレッドだけど・・・)を出すことにしました。
受験生に限らないことですが、対策が遅れていると、手取り早く身につきそうなことに飛びつく傾向が人間にはあります。私自身も予備校以外にいろいろな仕事を抱えていて、いつも「いっぱい、いっぱい」なので、この傾向は無関係ではありません。
論文対策で「手取り早く身につきそうなこと」とは、「型やネタに依存する」ことです。それを良いこととして受験生に喧伝している方もいらっしゃいますが、私はリスクが高い対策だと考えています。しかし、アップアップしていると、「溺れる者はわらをもつかむ」というやつで、「わら」なんだけどすがってしまうのです。
リスクとは課題文・設問と解答内容とのミスマッチです。
たとえば、有名な型は課題文の要約のあとに「確かに・・・」「しかし・・・」と展開します。しかし、要約を求めていない設問もあります。ちなみに、昨日の早大センター論文の設問は要約を求めていません。課題文の最後にある「筆者の仮説」に対する論評を求め、その成否によって理解力をはかる出題です。課題文を読んだ人はわかると思いますが、内容は日本社会に外来語があふれている現状についての例示が主で、そもそも要約に足りる主張内容がありません。これを型どおり要約するのは、はっきり言って時間・労力・字数のムダです。相手に応じて解答を出す柔軟さをもってください。
「確かに・・・」「しかし・・・」は、ここまで押し迫ったら「どうぞ、ご自由に」としておきますが、ひとつだけ注意点をあげておきます。この型は論点をしぼるという点で有用な面もありますが、課題文や筆者に同調傾向の強い受験生は「確かに・・・」がどうしても長くなってしまうのです。重要なのは「しかし・・・」以降でしぼった論点について何をどう主張するかなのですから、それに十分なスペースを残しておかなければなりません。あとは「趣味」の問題ですが、皆さんが大学の採点者だと仮定して、型どおりの答案ばかりだったらどう思うでしょうか?「一糸乱れぬ行進」を美しいと思う人がいるかもしれませんが、呆れたり怒り出す人までいるかもしれません。
ネタへの依存については、過去に実在したかどうかはともかく、何でもかんでも「ポスト・モダン」で書く受験生が良い例です。プロレスの得意技のようなものを持つべきだと教えられたのか、どんな課題文・設問でも「ポスト・モダン」で書こうとするのです。ラッキーなことに、それで何とかなる出題もありますが、そうでないときは悲惨なことになります。唐突で無関係な切り口・ネタの提示に採点者は戸惑い、はじめは何とか理解してあげようと努力します。でも、そのうちにある結論に到達します。この答案・受験生は、「課題文・設問を理解していない」「論理の飛躍に気づいていない」「まじめに答えようとしていない」・・・、最悪です。
試験のとき目の前にある課題文と設問をよく読み、それが何を問うているかを素直に受け止めましょう。その上で、自分は何をどう考えるか「雑音」を排して静かに考えましょう。答えは他の誰かではなく自分自身が持っているのです。先日、NPOフォーラムで法政大学教授、佐賀県知事と鼎談しましたが、私はNPOの本質として「自己本位」をあげました。実は論文の本質も「自己本位」です。それがなかなか根付かない現状を、夏目漱石先生はどう眺めているのでしょうか?
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