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2005.12.04

慶大SFCの復元合格答案

 昨年度のレギュラー授業の受講生が、慶大SFCの復元合格答案を書いてくれました。総合政策学部と環境情報学部ともに合格したのですが、内容は決して完璧ではありません。受験生の到達度をリアルに示すとともに、「オレもアタシも、がんばってみよう!」今後の励みとするのが掲載の目的です。答案とともに、問題をPDFファイルで提供します。読みたい人は、続きをどーぞ。

慶応大学総合政策学部2005年  問題全文 (PDFファイル)

【復元合格答案】

問1
 
新聞には、国旗・国歌法に関する数多くの意見が載せられている。生徒の側には動揺もあるようで、また国歌斉唱の際に教師が着席し続けたことを理由とする処分に反対する声や、教師には義務があるのだから、処分は当然だったとする主張もある。このような中で、学校における国旗・国歌はどのようにあるべきだろうか。
 私が中学3年生の時、全校生徒が集められ、国旗・国歌に親しみを持つように、と言われたことがあったのだが、そのころ私達の学年では在日韓国・朝鮮人の人々について考える授業を行っていた。私達は在日の女子生徒の、彼女達のアイデンティティともいえるチマチョゴリを切り裂いた日本人などがいることについて意見を言い合った。そういったことをしているうちに、私は、戦争がもたらした心の溝はまだなくなっていないことを自覚するようになり、これでは戦争が残した在日の人々と日本人との間のその心の溝は広まっていくばかりではないかと考えるようになった。
 国旗・国歌には戦争の影が付きまとうから、それを学校において強制することは在日の人々を無視することになり、在日の人々と日本人との間の心の溝は一層深まってしまう。在日の人々の問題との関わり方は学校ごとに異なっており、画一的に強制することはできない。国旗・国歌の扱い方はそれぞれの学校の判断を任せるべきだ。
 確かに、それでは自国への尊敬と誇りは育たない、とする主張もあるかもしれない。だが自国への尊敬と誇りは自主的に育つものであって、それは強制できるものではない。たとえばフランスやアメリカにおける国旗・国歌は、市民革命の際に自由を獲得する過程において国歌・国旗へとなっていったのである。自国に対する尊敬や誇りは、強制的に育てることはできない。むしろ、強制すると子ども達の不安と嫌悪が増すだけである。

問2

 国旗・国歌が国家への尊敬の象徴となるのであれば、何も問題はないのではないか。
 国際的スポーツ大会における国旗・国家を考えてみたい。
 オリンピックでは、優勝者または優勝チームの自国の国旗が最も高く掲げられ、国家が演奏される。日本の選手にとって「日の丸」が高く掲げられ、「君が代」が演奏される瞬間は、何にも代え難い貴重な体験になるのだと言う。またそれを見守る日本国民にも、それは忘れられない瞬間になる。この場合には、国旗・国家の否定的な面はなく、問題はないように思われる。
 だが、国旗・国家が事件に関わったことがあった。昨年のサッカーアジア杯の日本対中国戦がそうである。「日の丸」が高く掲げられ、「君が代」が演奏された時、中国側のサポーターからブーイングが湧き起こり、試合終了後には暴動が発生した。もちろんこのことは、「日の丸」「君が代」が、日本が中国を占領した日中戦争を中国の人々に強く思い起こさせるから起こったのであろう。
 しかし、確かに、国内では「日の丸」「君が代」それ自体への抵抗もあるが、外交面では、それら自身よりも日本が中国や朝鮮半島の人々に責任を取っていないことが原因である。中国や朝鮮半島の人々が「日の丸」「君が代」を嫌うのはそれらが戦争の記憶を呼び起こすからである。だとすれば、日本が戦争責任をとれば問題ないのではないか。「日の丸」「君が代」が日本国民の象徴となるためには、中国や朝鮮半島の人々に戦争責任を取ることが必要である。国旗・国家が国民の自国を尊重する心の象徴となるのであれば、それらの存在が受け入れられることに問題はない。だが、そのためには、国旗・国家の持つ否定的な側面、つまり、中国や朝鮮半島の人々にあるそれらへの嫌悪感を払拭しなければならない。


慶応大学環境情報学部2005年  問題全文
(PDFファイル)

【復元合格答案】


問題1 例1
 とある学習机には横に長い蛍光灯の照明が付けられていて、それを前に引き出すとより広範囲を照らせるようになっていた。その蛍光灯は全体が前へ出てくるのではなく、その部分の右側は動かず、左側だけが前へ出るようになっていた。しかし左側だけが動くというアフォーダンスが充分ではなかった。子に場合、左側に取っ手を取り付けたり、指を引っ掛けるための溝を付けたりするなどして、左側しか前に出てこないということをアフォードする必要がある。

問題1 例2
 U字型の部分を上へ押し上げることで水が出る蛇口があった。だがそのU字型の部分の角度は垂直と水平のちょうど中間であり、下へ押し下げることをアフォードしているようにも見える。上へ押し上げることで水が出るのは、地震の際に物が落ちてきて水が流れるのを防ぐためなのだが、U字型の部分を下へ向ければ、地震時に水が流れ続けることを防げると共に、押し上げることで水が流れることをアフォードできる。

2-1
 ヒューマンインターフェイスの考え方が重要になってきているのは、デジタルディバイドの進展が理由である。デジタルディバイドは情報格差とも言い換えられる。それはコンピュータの複雑化が原因とされる。情報格差の広がりは、情報をうまく入手できる人とそうでない人との差が広がることを意味する。コンピュータを有効に活用できるか否かで、情報の入手ができるかどうかが決定されてしまうのである。それでは、公共財である情報の公共性が失われてします。情報の公共財としての社会的役割が果たせなくなってしまうのである。情報が持つ公共性を保護するためには、全ての人が情報を簡単に入手できなければならない。誰でも情報機器を容易に扱えなければならない。そうすることで、情報の公共性が保てるのである。このように、公共財としての情報の側面が損なわれる、情報格差を是正するためにヒューマンインターフェイスの考え方が重要とされているのである。

2-2
 今後のインターフェイスを考えるにあたり、ここでは日本社会における高齢化に注目してみたい。現在の高齢者でコンピュータを使いこなせる人は多くはない。彼らには時間もあるし、支払い能力もある。もちろん、10代や20代の人よりは忍耐力はないかも知れないが、子どもが成長し自立し一人暮らしや二人暮しであることが多い彼らにとっては、メールなどの情報技術には惹き付けられるのではないだろうか。なぜならば、子どもなどとのつながりを保持し続けることができるからである。また、世界各地の情報を、その場でネットワークを通じて入手できることも、彼らには魅力となるのではないだろうか。物理的な移動には困難があるとしても、遠い土地への憧れは残っているかもしれないからである。
 このように考えると高齢者にもコンピュータネットワークを利用したいというう思いがあるように思えてくる。彼らの唯一の障壁はコンピュータ捜査の複雑さ、難解さである。今後のインターフェイスには、高齢者にも使用できる、たとえばタッチパネルや音声によって捜査できるシステムなどが必要になると言えるだろう。

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