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2005.02.14

コラム:健康麻雀のススメ

私が理事をつとめるNPO「ぐらす・かわさき」のコミュニティ事業の一つ「健康麻雀」についてのコラムです。受験生に麻雀だなんて怒られそうですが、けっこう深い意味があるのです。

 このほど「ぐらす・かわさき」がはじめた「遊友ひろば」の事業の中で、私の一押しは健康麻雀である。取り組むべき課題が山のようにあるご時世に、「遊んでいる場合か」「なぜ麻雀なのか」といぶかしく思う方もいるだろう。そこで、私なりに考えたことを述べ、健康麻雀に関する喧喧諤諤の議論の呼び水にしたい。
 麻雀というと、酒やタバコを飲みながら、ときには徹夜で打ち興じ金を賭ける、という体や財布に「良くない」イメージが染みついている。しかし、「ぐらす・かわさき」でやる麻雀はあくまでも「健康」なので、「飲まない・吸わない・賭けない」ことが基本だ。麻雀牌をかき混ぜるときの指への刺激がボケ防止につながる(?)との説もあり、いま高齢者の間で健康麻雀はブームになりつつある。東京都杉並区や品川区のように、自治体が健康麻雀を支援する例も少なくない。

 若い世代にも麻雀を楽しむ人たちがいる。ただし彼らはコンピュータ・ゲームがきっかけで、インターネット上でのオンライン対戦もあるそうだ。単に麻雀をやるだけなら、そのようなバーチャル空間でも可能だ。しかし、それだけでは「健康」にはならない。「飲まない・吸わない・賭けない」ことやボケ防止以上に重要なことがある。麻雀は自分以外の3人の「敵」とのコミュニケーションが不可避であり、それがもたらす喜怒哀楽の感情の起伏とその共有こそが、健康麻雀がもたらす「健康」の源なのだ。
 団塊の世代が定年を迎え、地域社会に根を持たぬ男性の高齢者が急増する。過去にしがみつき家族以外とはあまり言葉をかわさずに暮らすことや、シルバー・ビジネスが次々と繰り出す商品・サービスをひたすら消費することに、生きている「実感」を見出すことは難しい。健康麻雀に限らず、他者とのコミュニケーションができる場を地域にどれだけ用意できるかが、豊かな高齢化社会につながるのではないか。
 ここでいうコミュニケーションとは、同じ考えや行動様式をもつ者同士の均質なコミュニケーションではない。殴り合いはまずいが時には怒鳴りあいくらいはあり得る、異なる他者とのコミュニケーションである。均質なコミュニケーションは「癒し」にはなるが、それでは単なるサークルにすぎない。「遊友ひろば」はコミュニティ施設だが、そもそもコミュニティとは考えや行動様式が異なるもの同士が暮らす「雑居」の性格をもつ。麻雀卓は「雑居」を象徴するものだ。「敵」同士だけれども、共通のルールをもち、それに基づき平和裏に関係をもつものだからだ。コミュニティの最小単位といえる。
 もちろん麻雀はツールでしかなく、大切なことは地域におけるコミュニケーションの実質である。健康麻雀は、とりわけ男性のコミュニケーション力を高める一助となる。3人寄れば文殊の知恵、4人寄れば健康麻雀。人数の多寡に関係なく、人が集うところに可能性が開かれる。理屈はともかく、麻雀というゲームの楽しさを一人でも多くの人に経験してもらいたい。(2004/9執筆)

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